日本共産党・渋谷区議会議員・田中まさやさんの活動を紹介、応援するブログです。 


by tanakamasayan
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カテゴリ:応援コメント( 5 )

b0144566_1464576.jpg 田中さんは、青年の雇用の問題でも、子育て世代や医療・福祉・介護、そして中小業者の問題でも、渋谷で23年間活動してきた、試されずみの政治家です。
 正義感にあふれ、抜群の行動力で、本当に一生懸命、区民のために働いてきました。
 都議会「オール与党」にとっては、手ごわい相手ですが、区民にとっては最も頼もしい政治家です。
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by tanakamasayan | 2009-05-02 01:47 | 応援コメント
初めて、田中まさやさんのお話、お聞きしました。とても熱意を感じ、素晴らしい方だと思いました。私も広尾病院で生まれ、広尾病院で子どもを出産しました。ぜひ、都立のままで存続をと、切実に願っています。

田中さんは、一緒に学童の問題にとりくむ中で、本当に粘り強く、スジを曲げない、すごい意思を持った方です。あらためて都政の大きな舞台に送りたい人と思いました。話も、人柄も、笑顔もピカ一です。

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by tanakamasayan | 2009-05-02 01:47 | 応援コメント
「笹幡23地域・街角演説」(11/8)の応援弁士としての山元さんの訴え

山元美奈子さん(幡ヶ谷在住)

私は、幡ヶ谷3丁目に住んでいる山元と言います。
私は、多発性硬化症という進行性の難病です。体中の免疫が勝手に働き、視神経や運動神経、感覚神経といった中枢神経を攻撃するため、目が見えなくなったり、動けなくなったり、感覚がなくなったりします。根本的な治療法がないために、今は発病したら、とりあえず免疫がそれ以上働かないようたたく免疫抑制剤を使い、症状を抑えるしかありません。

実は、数日前に、急に左手左足の力が入らなくなり、顔の感覚もないという症状で再発しました。
主治医はすぐに「免疫抑制剤の大量点滴を入院で」となったのですが、病室が満室で入院できなかったのです。結局、病院の近くに住んでいる知り合いの家から通院しながら治療しました。
しかし、私だけでなく、急患で受診した年配の男性も急ぎ入院が必要だったのに、だいぶ離れた病院で、しかも一泊5250円の個室しか空いてなかったそうです。「なるべく早く大部屋に移すから」と、先生が申し訳なさそうに言っていました。
今、妊婦さんの緊急受け入れ困難な事態が問題になっていますが、難病患者もまったく同じ状況です。

渋谷区内でも、最近だけで、公立一つ、民間病院二つが閉鎖したり、入院をなくしたりするなどのなか、ベット数が約1000床も削減されていると聞きました。
これは、80年代からすすめられてきた医療費抑制政策のもとで「お医者さんが多すぎる」と医学部の定員を削減し、病院経営を効率化すべきだと長期の入院や治療が受けにくくなっているためです。こんな政治をこのまま許しておいてよいのでしょうか!「お医者さんのモラルの問題」だという経済相や、「非常識な医師が多い」と麻生首相は言いますが、そんな問題ではありません。
もう、こんな社会は変えてほしい!誰もが安心して治療ができる社会に!それが私の願いです。

 日本共産党の参院議員の小池晃さんは、地元の代々木病院のお医者さんでもありました。国会で、私たち難病患者の声を何度も取り上げてくださっています。もっともっと日本共産党に大きくなってもらい「誰もが安心して治療が受けられる社会にしてほしい」と思います。谷川智行さんもお医者さんです。私のこの状況をキチンと聞いてくださった、太田のりおきさんや田中まさやさんに、国政、都政で、何としても活躍していただきたいと思います。
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by tanakamasayan | 2008-11-25 17:04 | 応援コメント
b0144566_11284246.jpg田中まさやさんの民主文学への投稿文を紹介します。

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多喜二の意志を継ぐ者たち

 戦前の共産党員作家・小林多喜二の「蟹工船」が若者の間でベストセラーになっているという。私も、高校時代に「蟹工船・党生活者」と出会って以来、懐かしく読み返してみた。
当時は、助けのはずの日本海軍によって弾圧された労働者に心を寄せ、権力への憤りで胸を熱くした覚えがある。いま読み返すと「彼らは立ち上がった。再び」で結ばれているこの一文が、物のような使い捨て労働を強いられながら、団結して立ち上がり、弾圧されてもなお立ち上がる労働者への心の底からの連帯と勝利への確信が刻み込まれていることが痛いほどわかる。
 79年前といえば、絶対主義的天皇制が荒れ狂い、労働者や農民が団結して立ち上がることさえ許されなかった時代である。ましてや共産主義思想そのものが弾圧の対象となり、多喜二自身も治安維持法による弾圧と拷問で命を奪われている。
 いまも、戦前のように命までは奪われなくとも、同じように働く者や国民が人間らしく生きることを許さない政治がまかり通っている。これに対して、多くの若者が「蟹工船」に惹かれ、自らも団結して悪政に立ち向かうという、もっとも人間らしい生き方を歩もうとしている。私もその一人として、多喜二の果たし得なかった理想を実現するために力を尽くしたい。

2008.11.1
田中 正也
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by tanakamasayan | 2008-11-23 11:29 | 応援コメント
いま、若者を中心に「蟹工船」がブームとなっています。作者・小林多喜二が1929年に書いたものです。今日の若者の新たな貧困と、「蟹工船」で描かれる労働者の苦難とその社会的背景、そして、それに立ち向かう人々の戦う姿に共感が広まっているのだと思います。

小林多喜二は、1931年10月、当時非合法であった日本共産党に入党します。

「蟹工船」と年代は違えども苦難に立ち向かう田中正也さんの姿がダブって見えます。田中さんの結婚式を思い浮かべました。書棚の奥から当時のパンフレットを引っ張りだしてみました。「二人の誓いのことば」を紹介します。いまでもあの感動がよみがえります。何でも「つらぬく」田中さんに期待しています。(T・I)

【二人の誓いのことば】

「(人類の)経験は、最大多数のひとを幸福にした人を、もっとも幸福な人としてほめたたえる」(カール・マルクス)わたしたちは、そんな生き方をしたいと強く思います。

大学受験に失敗し、生きがいをうばわれた仲間の苦しみを思い、教育をゆがめ人間性を否定する政府や権力にたいする怒りを訴えたとき、ともに立ちあがってくれた仲間。

働きがいをうばう女姓差別の現実から逃げだしたくなったとき、「わたしも同じように悩んでいるよ」と夜どおし語り合い、もっとみんなの思いをあつめて、女性がいきいき働けるような政治をつくろうと励ましあった仲間。

平和のため、働く仲間のために、自分の生活も犠牲にしてたたかってきた父や母、みんなの歓びや苦しみを自分のこととしてともにたたかってきた仲間たちのなかで、より多くの人の幸せのために生きることのすばらしさ、みんなの幸せのためにたたかうことが自分自身の幸せであることを学びました。

わたしたちは、そんな生き方を貫こうとするお互いの真剣な姿にひかれ、愛し合い結婚を決意しました。

わたしは、彼女が、仲間の思いに心を寄せ、その思いに懸命にこたえようとする誠実さをすばらしいと思い、大切にしてあげたいと思います。また、人間として、女牲として自立し、仲間から愛される人間として成長できるよう努カします。

わたしは、彼が、自分のことはあとまわしにしても、仲間のためならどこまでもがんばる姿が好きです。だから、それをささえる力になれるよう自分自身が成長したい。そして、わたし自身のがんばっている姿が彼のはげみになるように努力します。

わたしたちは、仲間や子供たちが、平和でみんなが主人公になる世の中をつくっていきます。そのためにも、二人の成長が、みんなを励まし、カを合わせられるよう、まわりの仲間の幸せのよりどころとなるような家庭を築いていきます。

1995年9月10日 田中正也・田中炎

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【注】カール・マルクスードイツの経済学者、哲学者、革命家。20世紀において最も影響力があった思想家。1999年、イギリスのBBC放送が、視聴者に「過去1千年」で最も偉大な思想家は誰か」というアンケート調査で第一位に。
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by tanakamasayan | 2008-07-30 12:40 | 応援コメント